創作小説──約束の箱と銀の鍵②


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ガレージには車が1台、バイクが2台あった。カバーの掛けられた車は母の物で、2台あるバイクの馬鹿でかい厳つい方は嫁いだ姉の物だった (姉がバイクを乗り回していたことは、嫁ぎ先では内緒らしい) 。賢一は大きなバイクを鬱陶しそうに睨みながら、自分のバイクをぶつけない様に慎重に運び出した。
エンジンをかけ、ふと自分の家を見上げる。──きっと金持ちなんだろうな…僕ん家は──心地いい振動を伝えてくれているこのバイクも、もちろん自分で買ったものではない。急に吐き気とは違う何かムカムカした思いが湧き上がってきて、賢一はヘルメットを被るまえに大きく深呼吸した。
特別な何かがあったわけでもなく、ここ半年、色んな事に対して同じような思いに支配される。また、何かに追われるように焦ったり、急に無気力感が襲ってくることもあった。
学校では、実生活で使いそうにない数式や化学式を競争と共に頭に詰め込み、卒業の悲しみに浸るまもなく受験戦争だ。
一生懸命勉強して、いい中学、いい高校、いい大学に入って、安定した職業を得る、で、その先は?
人は何のために生きているのだろう……
学校にも行かず、引きこもってグルグル考えていても答えは出てこない。もちろん、あのマジックのように、何もないところから素晴らしい答えが突然現れることはないのだ。

賢一はヘルメットを脱ぎ、皮ジャンのファスナーを引き上げ、首を振って鳴らすともう一度ヘルメットを被り直した。気分が少しだけ良くなった気がする。
とにかく今は、メリッサを見つけ出すことだ。

何故こんなに一生懸命捜すのか、自分でも不思議だった。この広い東京で本当に見つかるのか、しかも、こんな古典的な方法で?公演時間をタイミング悪く逃しているのかもしれない。もしかしたら東京にすらもういないかもしい……なのに何故かまた会えるという思いが消えない。

それに、会ってどうしようというのか、まさか弟子になるつもり?……訳が分からん!とにかく自分はメリッサに会わないといけないのだ!メリッサに会えば、どうしてそんなふうに焦りにも似た気持ちになるのか分かる。

何かが変わる、そんな気がしていた。
今日こそは……と。まるで魔法の呪文のようにお同じ言葉を何度も呟いた。 しかし──ここもダメかぁ!がっかりしてベンチに座り、ガランとした野外ステージを見つめて、ここ1ヶ月ぐらいの出来事を頭に思い浮かべていた。

母に思わず怒鳴ってしまってから2日目の昼近く、今、賢一は当然のように公園にいた。バイクにして行動範囲を広げたのはいいが成果はなく、疲れるばかりだった。

諦めたほうがいいんじゃないかと弱気になる時もあるが、メリッサのショーを思い出すと、会いたいという気持ちより何故か会わなければいけないと思えてくるのが不思議だった。

賢一は気分を変えるため、再びバイクを飛ばしたがじきに道が混んできてスピードを上げれなくなった。──はぁあ…だぁーっ!この辺はいつでも車と人でいっぱいなんだよなぁ。
道路脇にバイクを止めて、賢一はメットに手を伸ばした。手袋をしていたのに手が強ばっている、ずい分寒くなって来たなぁと思ったとたんに腹がぐーっと鳴った。
そう言えば今日は朝から何も食べてない。賢一は少し早めの昼食を取ろうと、表通りから脇道に入った。
──確かこの辺にラーメン店があったハズだ。やたら量の多い……誰と来んだっけ……?
賢一はバイクを押して歩き、見覚えのある場所をキョロキョロ見回した。ランチタイムにはまだ少しあるので、どの店もそれほど混んでいない。しかし、あいまいな記憶のラーメン店はなかなか見つからなかった。
この通りではなかったかもしれない。そう思い始めたとき、脇道の先の人だかりに気づいた。大通りの向こう側なのだが、すごい人数だ!
最初は事故かと思ったが、どうやらそうではない。大通りまで近づいてみる。ドラマかなんかの撮影か?何かの店らしいからよくあるグルメリポートみたいなものかもしれない。歓声があがったのがわかる。よく聞こえないが、盛り上がっているらしい。
いつもなら無視するところだが、何故か賢一は少し離れたところにある信号をわざわざ渡って、その店を見に行った。
だんだん歓声の内容がはっきりしてくる。
「ワーッ!魔法みたい!」
「マジッ?超スゲェ!」
「ママー!あの箒、欲しい。買ってよう」
「何?アレどうなってンの!」
気が付いた時には、賢一は興奮しながら人だかりに身体をねじ込んでいた。
見付けた!!
賢一は、思わず叫びそうになった。そしてなぜだか泣き出しそうになり、喉の奥が熱く痛く感じた。
こんなところで!

大勢の人で盛り上がっていたのは、通りに面したオープンカフェだった。
どうして気が付かなかったんだろう。ショーの出来る場所は公園以外にも沢山あるのに。
──まったく、何やってんだボクは!

賢一は自分のバカさかげんに今度は笑い出しそうになった。
どうやらショーは終盤に差し掛かっているらしい。15センチほど高く設えたステージでマジックショーが行なわれていた。 メリッサは以前見たままの魔女のコスチューム。
ショーそのものを見れる余裕が出て来た賢一は、ふと自分が何も持っていないことに気が付いた。あれ?えっとぉ…ボクのバイクは…?
慌てて後ろを振り向くが、たった今無理やり押しのけられた人達の、不機嫌に自分を見返す顔しか見えない。
急に恥ずかしくなって、賢一はすぐにステージのほうに向き直った。背中に視線を感じながらポケットに手を突っ込むと、バイクのキーに触れた。どうやら無意識のうちにどこかに止めたらしい。取りあえずホッとして、ショーの続きを見た。
メリッサは、以前見た大きな黒いカバンから1羽のアヒル取り出すところだった。
彼女は床の上にアヒルをそっと置くと、同じようにカバンから小さな子供のアヒルを次々と取り出した。全部生きてる、本物だ。
アヒルの子が数羽、親アヒルを追いかけてヨチヨチ歩く愛らしい様子に、観客は大喜びだ。
店内は満員で、暖房のせいではなく人の熱気で暑かった。小さな子供たちはコンパクトに作られたステージのすぐそばを陣取っているし、大人たちも、ちゃんと席についているのはステージ前のテーブルの人達だけで、ほとんどの人は立ってステージを囲んでいる。 それにオープンカフェなので、道行く人も足を止めて中を覗き込んでゆくものだから、ますますギャラリーが増える。こんな時期にもかかわらず、店とテラスを隔てるガラスの扉を開け放していても、十分な室温だった。
メリッサがニッコリ笑って杖を振った。
アヒル達は杖に引き寄せられるようにメリッサの方に集まってきた。
よく見ると子供のアヒルの中に、1羽だけ毛色の違うのが混じっている。
メリッサはその1羽を選んで、小さなテーブルの上にあるガラスケースに入れた。それから残りのアヒルたちに向かって曲線を描くように杖を振ると、彼らは一瞬のうちに消えてしまった。

観客がワーッと拍手する。メリッサは唇に指を当ててシーッと皆んなを静かにさせると、杖先でガラスケースの縁を軽く撫でた。
すると突然、アヒルの子供が炎に包まれ、観客がアッと驚いた次の瞬間には炎が七色に変わった。
炎が煙となり、どこかに吸い込み口があるのか煙がスーッと消えると、中から美しい白鳥が現れた。
ガラスケースはいつの間にかなくなっている。
白鳥は大きな歓声に驚いたのか翼を広げかけたが、メリッサが杖を向けると大人しくテーブルの上で丸くなった。
杖がしなやかな動きでもう1度振られると、その白鳥もポンと消えてしまった。
『みにくいアヒルの子』だ!
賢一は子供のように嬉しくなって、観客と同じように大きな拍手を送った。
メリッサはニッコリ微笑み、バレーリーナのように優雅にお辞儀をした。そしてステージの端に移動すると、もう一度お辞儀をしてステージを降りた。控え室代わりなのだろうスタッフルームへ向う途中、彼女はたくさんの握手にこたえなかなか前に進めないでいる。
こうしちゃいられない、と賢一は冷たい視線を振り払って、またもや人を掻き分け端っこのテーブル席に近寄ると、近くにいた従業員の男を捕まえ小声で尋ねた。
「すみません。このマジックショー明日もありますか?」
「えっ?あ、あぁ、はい」

仕事そっちのけでショーを見ていた若いウエイターは、話し掛けられてやっと自分の仕事を思い出したらしく、慌ててテーブルのカップを片付けながら答えた。
「1週間の公演予定で1日1回のみ、2時から30分ほどのショーになります」
「あの、えっと、ボク前にもこのショーをみてて、ファンなんです」
「ありがとうございます。そうですか。すごいですよね彼女。全然聞いたことない名前だったんで、僕としてはあんまり期待してなかったですけどね」
最後の方は少しばかり声を低くして、そのウエイターは笑った。
「えーっと、それで、出来れば直接会いたいんですけど…ダメですか?」
「さぁ、そういうことは…」
ウエイターが困っていると、慌てて店長らしき人がやって来た。どうやら彼も仕事をサボってステージの近くにいたらしい。
「どうかしましたか?お客様」
笑みを浮かべて丁寧に尋ね、問いかける目をウエイターに送った。
「店長、こちら彼女のファンの方らしいんですよ。個人的にお会いになりたいそうなんですが」
「申し訳ございません。そういったお取次ぎは当店では致しておりません」
賢一が店の客ではないとわかったのだろう、店長はこれ以上時間は避けないとばかり、営業スマイルで一礼するとさっさと他の客のところへ行ってしまた。
「まぁ、やっぱムリでしょう普通」
あまり仕事熱心な人ではないらしい。賢一の側を動こうとせず、ウエイターは
何も言わないうちに、勝手にペラペラ喋り始めた。
「あのマジシャン、オーナーの紹介なんです。2週間程前、いきなり店長に電話があったんですよ。『店内でマジックショーやれ』って、ビックリですよネ。そりゃあマジックバーなんてのも最近よく聞くけど、うちはオープンカフェなんスよ!店長が『ステージなんかどうするんだ!急に用意出来るか!まったく何考えてるんだオーナーは!しかも聞いたこともないマジシャンなんて、ふざけとる!』って。マジでキレてましたよ。でも、ま、なんとかなるもんスね。マジシャンのスタッフとかいうのが後日やって来て、あっという間にステージの出来上がりスよ。しっかし、知ってます?あのマジシャン75歳なんスよ。聞いたときは、ここは老人会かよって思いましたよ。正直。でも!すっごいテクっしょ!リハーサルもなくってぶっつけ本番スよ!日に日に客も増えてくし、店長なんか最初と全然態度変わっちゃって、定期的に契約できないか今交渉中スよ。まぁオレ的には、もっと若くてグラマーで美人だったらもっと…」
ウエイターはいつの間にか話し言葉が変わってしまっていることにも全く気が付かないで、べらべらと話し続けている。
こいつ永遠に話し続けるぞ、賢一は「ところで」と無理やり話を終わらせた。
「メリッサさん、スタッフルームに入ったきり出てこないんですけど」
「えっ?」
「裏口っスよ。スタッフ専用のが裏にあるんです。外から回れますよ」ウエイターはニヤッと笑うと小さな声で言った。
賢一は頭を下げるのと向きを変えるのを同時に行った。
「確かにちょうど帰る頃合かもしれないけど、でも、ばあさんスよ。すごいマジシャンかもしれないけど、やっぱ…」
最後の方はもう何も聞いちゃあいない、賢一は店の裏の方へ急いで駆けていった。
彼女はちょうど大きなトランクケースを、車に運び入れているところだった。
──やった!間に合った。
メリッサの車は、何処かでぶつけたのかワイパーがひん曲がったボロのワゴン車だった。
賢一はドキドキしながらいざ声を掛けようとしてハッとした。
──えっと、英語か…な…?確かステージでは…ヤバッ!ちゃんと確かめておくんだった。
賢一が木の陰でグダグダ迷っているうちに、彼女は荷物を積み終えてしまった。
──あぁっ!もう行っちゃうじゃないか! いいや!なんとかなる。

前へ飛び出そうとした時、彼女が急に辺りを見回したので、思わず賢一は木の陰に引っ込んでしまった。
再び顔を出してみると、メリッサは賢一に背を向けて立っていた。──車を眺めてる?
何かをコツコツと叩く音がしたが、一分も立たないうちに彼女は運転席へ歩いていった。
よし!今度こそと足を踏み出しかけて賢一は首を傾げた。何だ?何か違うような……新品のようにピカピカでまっすぐのワイパーが、何事もなかったように車の窓に寄り添っている。賢一は目をゴシゴシこすった。

──曲がってたよな?

賢一が首を捻っている内に車は走り去ってしまったのだが、しばらくの間その場を動けなかった。

公演時間を確かめておいて良かった。賢一はオープンカフェにいた。
昨日、帰り際の不可解な出来事については答えが出ている。マジックショーの後でボーッとしていたし、彼女をやっと見つけ出せた喜びで、現実とマジックがゴチャゴチャになって……
今度は、ショーが終わるとすぐに裏口へ移動した。
メリッサの車は、昨日と同じ場所に止めてあった。賢一は昨日隠れていた木の陰で、大きく深呼吸した。とにかく最初は『エクスキューズミー』だな。ショーの間、彼女のしゃべった言葉は『ワン・ツー・スリー』だけだった。

──後はまぁ…当たって砕けろ!
彼女は思うより早く裏口から登場した。何だかひどく慌てた様子だ。
おばあさんとは思えない猛スピードで車の方に歩いてきて、サイドドアを勢い良くスライドさせた。
賢一が木の陰から出ようとしたとき、メリッサがカバンから杖を取り出した。そして素早く辺りを見回し、裏口に置いたままのトランクに杖を向けた。
するとトランクは、小刻みに震えフワリと浮き上がり、ビックリする間もなく2個並んで車に向かって飛んで来た。
エッ?どうなってんの?ポカンとしていると、突然車の中から声がした。賢一はマンガみたいに飛び上がって驚いた。
妙に甲高い声だった。何と言っているのか分からないが、まさか車に誰かいるとは思っていなかったのでビックリした。ステージではメリッサ一人しか見かけなかったが、まぁあれだけのショーをこなすのだからアシスタントくらいいて当然だ。それよりさっきのアレは……
──ハハハ…本当に魔法みたい……イヤ超能力か。
もしかしてまた錯覚か?わざわざ杖まで出してさ…杖?魔法?まさか…オイオイしっかりしろ賢一!
賢一が心の中で、人には絶対聞かせられないバカバカしい押し問答を繰り返しているうちに、またもやメリッサの車はスタートしてしまった。
この駐車場を出ると、狭い道を挟んでブティックの壁がデンと構えている。不便なことに角に電柱がある為、通りに出るには普通は切り返しを何度も繰り返して右に曲がるか、昨日メリッサが行なったように、一旦左に曲がり、少し先のどこかのガレージで方向転換する。しかし、今日のメリッサは右に曲がるつもりらしい。
よし!今ならまだ間に合う、賢一は大きく息を吸い込んだ。
驚いたことにメリッサは切り返しもせず、強引に曲がろうとしている。
──わぁダメだ擦るっっ!
賢一が走り出そうとした時、まさかの信じられない事がおきた。
あの邪魔な電柱が、お通りくださいとばかりに後ろへ飛び退いたのだ。
何事もなかったように車は右に曲がって行く、運転席の彼女の姿がチラッと見えたが、変わった様子はない。電柱は、車が行ってしまうとヒョイと元の自分の場所に戻った。
賢一はその場に凍りつき、電柱をじっと見つめた。そして、フラフラと電柱に近づいて行った。
彼女は……メリッサは……いったい……

━③に続く




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